2011年4月28日木曜日

労基法Q&A(第3版)の発出からー非常時の時間外労働

 昨日付で東日本大震災に伴う労働基準法等のQ&A(第3版)が発出されています(こちら)。

 第3版は「労働基準法第24条(賃金の支払)、労働基準法第25条(非常時払)、労働基準法第33条(災害時の時間外労働等)、労働基準法第36条(時間外・休日労働協定)、労働基準法第39条(年次有給休暇)等についての記載を追加」しているものです。

 個人的に興味深いと思われましたのは、労基法33条(災害時の時間外労働等)のQ&Aです。これは災害等による臨時の必要がある場合に事業主は「その必要の限度において」時間外労働を命じることができる旨の定めですが、原則としては事前に労基署長の許可が必要です。しかしながら「事態急迫のため許可を受ける暇がないとき」については、事後的に届け出て許可に替えることも可能とされています(労基法33条1稿ただし書)。

 今回の震災の影響で、電気・水道・ガス・鉄道などはもちろん、一般の製造・運送・建設業、また流通・サービス業(特に小売流通・飲食など)も早期の事業復旧を目指し、3月〜4月においては相当な長時間労働を各従業員にお願いしているところと思われます。そのため、36協定に定める時間外労働時間数、さらには特別条項をも上回る時間外労働に従事させたとする事業場も見られるところです。

 これについて労基法33条の「事後届け」をなすべきか否かという問題がありますが、先のQ&Aは同届出を想定しているものではないようです(以下抜粋)。

Q8−1
 今回の震災により、被害を受けた電気、ガス、水道等のライフラインの早期復旧のため、被災地域外の他の事業者が協力要請に基づき作業を行う場合に、労働者に時間外・休日労働を行わせる必要があるときは、労働基準法第33条第1項の「災害その他避けることができない事由によって、臨時の必要がある場合」に該当するでしょうか。

A (中略)御質問については、被災状況、被災地域の事業者の対応状況、当該労働の緊急性・必要性等を勘案して個別具体的に判断することになりますが、今回の震災による被害が甚大かつ広範囲のものであり、一般に早期のライフラインの復旧は、人命・公益の保護の観点から急務と考えられるので、労働基準法第33条第1項の要件に該当し得るものと考えられます。
 ただし、労働基準法第33条第1項に基づく時間外・休日労働はあくまで必要な限度の範囲内に限り認められるものですので、過重労働による健康障害を防止するため、実際の時間外労働時間を月45時間以内にするなどしていただくことが重要です。また、やむを得ず長時間にわたる時間外・休日労働を行わせた労働者に対しては、医師による面接指導等を実施し、適切な事後措置を講じることが重要です。


 33条の「必要な限度の範囲内」について思いのほか、抑制的な解釈を示したものです(「・・・することが重要」としていますので、必ず45時間以内でなければ認めないとするものではありませんが・・)。33条の事後届出のハードルを上げてきた印象があります。

 いずれにしても、3月〜4月に長時間労働に従事させた従業員については、割増賃金の適正支払いはもちろん医師による面接指導の確実な実施と事後措置の検討・実施、更に衛生委員会における報告と再発防止対策の検討・実施が何よりも重要と思われます。

労働保険料・社会保険料免除制度創設の動向(震災関係)

 東日本大震災の被害が甚大である災害救助法適用地域等では、すでに労働保険料・社会保険料の納付期間延長又は申請猶予が取られてきました。しかしながら同制度は保険料納付が「延長」されているに過ぎず、いずれ納付することが求められます。震災によって甚大な被害を受けた事業主・従業員が同保険料を納付することが容易ではないものですが、「免除制度」についても、ようやく同立法措置の準備が動き出したようです。以下、細川厚生労働大臣の閣議後記者会見から(こちら)。

 今日は、閣議で東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律案が閣議決定されました。この法律案には厚生労働省関係としては医療機関や社会福祉施設などの各種施設の災害復旧に関する費用の補助、それから、健康保険や厚生年金の保険料の免除といった事項を盛り込んでおります。また、こうした阪神淡路大震災の際の事項に加えまして、今回新たに、通常1割負担とされている介護保険の利用者負担について市町村がこれを減免する場合にその減免分を国が負担すること、あるいは最大360日とされている雇用保険の基本手当についてその支給日数を個別に60日まで延長できるようにすること、また、被災者の死亡を要件とする遺族年金などについて、行方不明の方がたくさんおられますが、この要件というのが民法では1年となっている失踪宣告を待たずに震災から3ヶ月間不明であれば、これを支給出来るということとするといった内容が含まれているところです。厚生労働省としてはこの法律に基づいて、震災の復旧復興に全力で取り組んでいきたいと考えております。

 同日、厚労省から発表された「日本はひとつ」しごとプロジェクト フェーズ2(第2段階)において、同免除制度の概要が示されています(こちら)。 

(イ)各種保険料等の免除等(補正予算・法律改正) 1,139 億円
 医療保険、介護保険、労働保険、厚生年金保険等に関し、被災地の事業所で、震災による被害を受けたことにより、賃金の支払に著しい支障が生じている場合に、保険料等の負担の免除や減免等を行い、被災事業所の業務の再開を支援する。


 先日開催された厚労省労働政策審議会職業安定分科会において、以下のとおり労働保険料の免除制度の概要が示されておりましたが、社会保険料免除も同様のものとなりそうです(審議会配布資料によれば、①かつ②を満たす事業主に対して保険料を免除)。
 ①平成23年3月11日に、適用事業場等が特定被災区域(特定被災区域とは、災害救助法(昭和2 2年法律第118号)が適用された市町村の区域(東京都を除く。))に所在
 ②震災被害により、労働者の賃金に著しい支障が生じている等の事情
 →免除対象期間は②が認められる間(最長平成23年3月〜翌2月まで)

 神戸大震災時の対応では、同免除期間についても被保険者期間とカウントし、さらに受給の際にも納付期間と同様の取扱いをしていました。詳細がまだ明らかにされておりませんが、同様の対応が取られることが予想されます。また標準報酬額の改定緩和なども併せて取られるものと思われます。

 同法案については、第一次補正予算と合わせて順調に国会において審議され、可決成立するものと期待されますが、なお問題は残ります。まずは免除を求める際、被災地域に所在している事業場であっても、「労働者の賃金に著しい支障が生じている等の事情」が求められる点です。同要件の結果、全国展開をしている企業が被災地域に支店を設けており、これが重大な被害を受けていたとしても、同社全体としてみれば当該事情に該当しないとされ、免除制度の利用ができない可能性が高いものと思われます(支店では困難としても、「全社」的な資金繰りで払えるのであれば、免除制度など利用できなくても良いのではないかというご見解も当然にありうるところですが・・・)。
 また特定被災区域以外に所在する事業場で、計画停電・風評被害・客数減・物流毀損等様々な要因で資金繰りに困難をきたしている場合については、今回の免除制度等の対象から外れています。企業にとって社会保険料額の負担は、かってないほど重くのしかかっており、今後は徴収上の困難が更に拡大することが予測されます。

 話は変わりますが、このような中、政府は更に「税と社会保障の一体改革」でパート(短時間労働者)の社会保険適用(「緩和」→事業主の視点からみると「拡大」)を検討しています(こちら 毎日jp記事)。労働・社会保険徴収・適用の動向は、同免除制度も含めて当面注視が必要です。

2011年4月20日水曜日

「持病の薬飲み忘れた」をどう考えるべきかー病気・障害と告知ー

 先日18日、クレーン車による痛ましい交通事故が起こりました。大変なショックと憤りを感じていたところ、以下の続報を目にしました(読売新聞(こちら))

「持病の薬飲み忘れた」6人死亡事故の運転手
読売新聞 4月20日(水)3時9分配信
 栃木県鹿沼市樅山(もみやま)町の国道293号で18日朝、集団登校中の同市立北押原(きたおしはら)小学校の児童6人がクレーン車にはねられ死亡した事故で、自動車運転過失傷害容疑で逮捕された同県日光市大沢町、運転手柴田将人容疑者(26)が、栃木県警の調べに対し、「持病の発作を抑える薬を飲み忘れていた」と供述していることが19日、捜査関係者への取材でわかった。

 県警は事故原因との関連について裏付け捜査を進めている。

 捜査関係者によると、柴田容疑者は「てんかんの持病があるが、この日は発作を抑える薬を飲み忘れていた」と供述。また、事故直前にハンドルに突っ伏し、事故後もしばらく車内で動かないでいる姿が目撃されており、県警は発作を起こし、意識を失っていた可能性もあるとみている。


 18日発生時点で会社側は容疑者がてんかんの持病があるとの認識を示していませんでした(こちら)。ここからは推測に過ぎませんが、同容疑者は自動車運転免許・クレーン免許取得の際、および同社採用の際、「てんかん」であり、かつ治療中である旨、告知していなかった可能性があります。

 自動車運転免許については法改正がされており、てんかんの既往症がある方についても運転に支障がない場合、個別に公安委員会から適性判断がなされた上で、免許交付を行うこととしています(日本てんかん協会発行「波」における詳細な解説はこちら)。これを見る限り、本件容疑者が公安委員会から適性判断を受けることは困難と思われます。では何故、免許を取得していたかですが、本人が自動車運転免許・大型特殊免許を受験する際、てんかんの既往症を告知していない可能性があります。この場合は同人の学科・技能試験等のみで免許が交付される事になります。

 また同人が建設重機関係の会社に採用面接を受ける際も、同既往症の告知をしなければ、会社として本人の既往症を知りようがありません。厚労省は「公正な採用選考について」において「合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施」を原則として禁止しており(こちら)、一般に採用選考時に会社側が健康診断の受診を命じることは容認されていません。また健康診断書の提出を命じたとしても、診断書発行が同人の主治医でない限り、本人の申告がなければ、他の医師が初見診断のみで、同人がてんかんの既往症を有している旨診断することは一般に不可能でしょう。

 では何故、申告しないのかですが、それは「差別」を恐れている、これが大きいと思われます。「てんかん」に対し、正しい知識普及が今なお十分でない中、既往症を告知することが「差別」につながる可能性は残念ながら高いのではないでしょうか。

 答えが容易に見つからない問題ですが、日本てんかん協会発行の「やさしいてんかんハンドブック」に以下の記載がありました。たしかにその通りだと思います(こちら)。

就職面接の際にてんかん発作があることを面接者に伝えると、展開が厳しいのが現状です。年中発作があって仕事に支障が出ると考える人事担当者が多いようです。しかし、服薬さえきちっと守っていれば大きな発作が出ることはめったにないことも事実です。発作があったとしても、1年間に発作で仕事ができない時間は、他の病気で休む時間とくらべても特に長い時間でないのですが、いつ発作が起きるか予測がつかないことが否定的理由になるのかもしれません。発作があると就職できないということはありませんが、不採用になる大きな理由の一つになっていることはやはり否定できません。
 不採用になった場合、「人事担当者がてんかんに偏見があったか無理解であった」、「てんかん発作についての説明が不十分であった」、「発作の有無ではなく、適性や能力などに足りないものがあった」など、客観的に見つめ直さなければ、目標である「就職」は難しいのではないかと思います。
 イギリスや韓国などでは、てんかんなどの障害があることを理由に雇用の差別をすることは、障害者差別禁止法などで禁止されていますが、日本ではまだそのような法律はありません。
 (中略)
 
 自動車運転などの免許は、以前はてんかんであるという理由だけで取得できませんでした。現在は、発作の有無や抑制期間の長さなどの条件によっては取得できます。免許・資格の法令・規則等では、てんかんがあるからということではなく、その業務を行うのに発作があって支障があるかどうかで判断されます。
 自動車社会では、発作があっても運転免許を取得している人も現実にはあり、運転はしないが身分証明書に利用しているだけなら支障はありませんが、運転中に発作を起こし重大な事故を起こしてしまった例もあります。自分の症状と責任を自覚しましょう


 最近、皆が不安に感じている「もの」と同様に、病気・障害についても、ご本人、家族、周りの者、社会全体それぞれが「正しく恐れる」事が重要だと感じます。

 

 

2011年4月12日火曜日

労組法上の労働者性に係る最高裁判決ー新国立劇場事件・INAX事件ー

 本日、最高裁は労組法上の労働者性について、2本の重要判決を下しました。新国立劇場事件、INAX事件最高裁判決です。早速、asahi,comで以下のとおり報じられています(こちら)。

 住宅設備のメンテナンス会社と業務委託契約を結ぶ個人事業主であっても、団体交渉が認められる「労働組合法上の労働者」に当たるかどうかが争点となった訴訟で、最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は12日、「労働者に当たる」との判決を言い渡した。

 似た形態の個人事業者についても、労働者としての権利を認める先例となりそうだ。

 住宅設備会社「INAX」の子会社の「INAXメンテナンス」(IMT、愛知県常滑市)は一定の資格要件を満たした人と「カスタマーエンジニア」(CE)の契約を結び、製品修理などを委託している。

 CEの労働組合は2004年9月、労働条件を変える際には事前協議を開くことなどを申し入れたが、同社が拒否。この対応を、中央労働委員会が不当労働行為と認定し、団体交渉に応じるよう命じたため、同社が命令の取り消しを求めて提訴していた。

 2009年4月の一審・東京地裁判決は労働者と認定したが、同年9月の二審・東京高裁判決は労働者とは認めず、判断が一、二審で分かれていた。

 また、この訴訟とは別に、新国立劇場のオペラ公演に1年間出演する契約を結んだ合唱団員が、同様に「労働組合法上の労働者」に当たるかが争われた訴訟の判決も12日にあり、第三小法廷は同じく労働者と認める判断を示した。一、二審判決は「労働者に当たらない」と判断していた。


 先ほど最高裁HPを覗いてみると、すでに新国立劇場事件最高裁判決がUPされており、大変驚きました(こちら)。

 労組法上の労働者性判断にあたり、有力学説は「組織への組み入れ」の有無を重視するよう論じていましたが、本最高裁もまさにその点について次のとおり判示し、労組法上の労働者性を肯定する要素の一つとして捉えているようです。

「契約メンバーは,上記各公演の実施に不可欠な歌唱労働力として被上告財団の組織に組み入れられていたものというべきである。」

 まだざっくりとしか目を通しておりませんが、本最高裁判決を見ると、オペラ歌手に対する指揮命令の有無、場所的・時間的拘束性、報酬の労務代償性などいずれも強く肯定しています。同判示を見る限り、本件オペラ歌手は労組法上の労働者性のみならず、労基法上の労働者性をも肯定するかのように読めなくもありません(本判決上、明示していませんが)。

 INAX事件最高裁判決は残念ながら掲載されておらず、今後、何らかの機会に目を通すことになりそうですが、2つの重要最高裁判決は労組法上の労働者性のみならず、労基法上の労働者概念に対しても相応の影響を与える可能性がないか。その点が最も個人的に関心あるところです。