2009年3月25日水曜日

精神疾患と労災認定

 近年、「パワハラ」問題に対する労使実務担当者の関心は高まる一方です。実は労災請求件数だけでいえば、精神疾患がすでに脳心臓疾患を上回っています。また昨年、国側が行政取消訴訟で立て続けに敗訴しており、今後更に精神疾患の労災請求および認定件数は増加する可能性が高いと思われます(厚労省資料はこちら)。

 先日、厚労省の有識者研究会が精神疾患の労災認定に係る判断指針見直しのための報告書を取りまとめました。厚労省HPではまだ公開されておりません(研究会中途段階の素案はこちら)が、第3回目研究会の配布資料を確認しますと、判断指針における「心理的負荷評価表」に係る具体的出来事の追加・修正が提案されています。

 同追加・修正項目の中でとりわけ注目すべきものとして、心理的負荷の強度「3」に「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」を新規追加する旨の提案があります。同報告書では更にこの点について、「従前、例えば、上司からの嫌がらせ・いじめ等については「上司とのトラブルがあった」で評価していたところ、その内容・程度が業務指導の範囲を逸脱し、人格や人間性を否定するような言動が認められる場合には、ひどい嫌がらせ、いじめ等に該当することとし、この項目で評価するものである。心理的負荷の強度は3が適当である」とするものです。同報告書で指摘されているとおり、従前から上司からのパワハラも精神疾患の労災認定に係る判断指針に含まれていましたが、専ら心理的負荷強度が2である「上司とのトラブルがあった」と評価されていました。その結果、労基署もこれだけでは労災認定することはできず、その他過重労働なども含め、認定判断するべきか考慮されてきました。

 これが改められる契機となったのが、国・静岡労基署長(日研化学)事件 東京地判平19.10.15労経速1989号7頁です。同事件はMR職社員が上司からの言動が起因して精神疾患を発症し、自殺したことの業務起因性が争われました。従来の同種事案では長時間労働等が介在しているケースが大半でしたが、同事案はさしたる長時間労働はなく、上司の言動のみが業務起因性判断において問題となったものです。具体的には以下言動が問題となりました
①存在が目ざわりだ、居るだけでみんなが迷惑している。おまえのカミさんも気がしれん。お願いだから消えてくれ。
②車のガソリン代がもったいない
③何処へ飛ばされようと俺はAは仕事をしない奴だと言いふらしてやる
④お前は会社を食い物にしている、給料泥棒 等々

 東京地裁判決は、 これら上司の発言は「過度に厳し」く「嫌悪の感情の側面」があり、「極めて直截なものの言い方」であって、「通常想定されるような「上司のトラブル」を大きく超え」ており、「Aの心理的負荷は、人生においてまれに経験することもある程度に強度のものということができ、一般人を基準として、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重なものと評価するのが相当である」とし、業務起因性を認めました。国側も控訴せず、同地裁判決が確定しています。先の判断指針見直しにより、今後同種事案が発生した場合、労基署も業務起因性を認め、支給決定処分を行うことになるものと思われます。 

 当面、厳しい経済・雇用環境が続くことが予想される中、従来に増して上司と部下の関係が険悪化する危険性があります。このような中、上司の言動が「パワハラ」と捉えられないためにどのような配慮が必要か。企業に対して、極めて難しい問題が突きつけられています。少なくとも、上司に対する管理職教育において、部下とのコミュニケーションの取り方を取り入れること、そしてヘルプラインの設置・運用などが最低限、求められると考える次第です。

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